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「海外移住で体験したこと考えた事。三十年で出会ったもの」
東南アジアで着実に発展してきたタイ。この激動の時代三十年を起業家として生きた著者の、七転八倒の人生を伝えたい。ビジネスやプライベートで出会った人や家族、市民を従わせる者としか考えない官僚たち、ルール無用の商売人たち、偶然出会ってしまった事故や事件、経験を通し考察したこの国の社会、歴史まで。
著者: 小川邦弘
日本税理士合同事務所タイランド ogawa@nihon-zeirishi-cooperate.com

イスラムは悪なのか

 前回および前々回の報告に関連し、今回は私的な立場でイスラムとイスラム教徒について述べてみたい。

 7月10日の報道で、中国からタイに逃れて来た100名のウイグル人(イスラム教徒)をタイ政府が中国に強制送還したと報じられた。そもそも300名のウイグル人が昨年9月に不法入国者として身柄を拘束されたのだが、その内100名が今回送還されたということである。これに対し米国務省報道官が、〝送還されれば法的手続きを経ずして残酷な扱いを受ける可能性のある″彼らを追い返したタイ政府を批判し、さらに中国政府に対し〝国際的な人権基準に基づいて適切な対応″を求めた。またウイグル人が多く居住するトルコのイスタンブールに於いて抗議デモが起き、その後の報道ではタイ領事館が襲撃されたとされる。

 元よりタイ政府は、難民受け入れには消極的であって今回の措置は特別なことではないが、どうも世間一般がイスラムに対し一貫して厳しい態度、つまり他宗教の教徒と比較して不公平に扱われている気がしてならない。

 試みにWEB上で「イスラム教徒 迫害」などと検索してみると、10件の内9件はイスラムが異教徒を迫害したという記事が表示される。

 歴史を振り返れば、イスラム、キリスト両教徒の争いは10世紀に始まった。セルジュークトルコに奪われた聖地エルサレムを奪回するために東ローマ帝国のカトリック勢力が派遣した十字軍がおそらく最初であろう。聖地・巡礼地を奪い返すという大義名分で開始された十字軍であったが、異教徒、つまりイスラムへの弾圧やヴァチカンの法王を頂点としたカトリック教会勢力の拡大や、後には通商利権の確保にまで利用されていった。9.11テロの直後ジョージ・ブッシュ大統領が、「我々はクルセイドしなければならない」と思わず公言して批判されたクルセイドは、イスラムを弾圧するという意味であって、十字軍は英名クルセイダーズなのである。

 そして中世の長い年月の間、北アフリカのイスラム教徒である海賊が地中海対岸のイタリア、フランス、スペインの沿岸都市を襲い、略奪や誘拐を繰り返し、キリスト教側の騎士団や様々な任意団体がアフリカ大陸へ乗り込み、身代金を支払って取り返すということが繰り返された時代もあり、またオスマントルコなどは「赤ひげ」という勇猛を以て名を馳せた海賊の棟梁を正式に海軍提督として任命してしまった、という事実もある。こうしてこの二大宗教の敵対関係は歴史を超え現代まで続いている。ただし我々の学ぶ歴史資料は、常にキリスト教側の書いた歴史であることも忘れてはならない。

 アジアに目を向ければ、インド独立の経緯がある。英国統治下では分割統治という手法で抑えられていた両勢力の対立であったが、独立を目前にして表面化し、ガンディーの唱えた「ひとつのインド」としての独立は実現できず、マハトマとイスラム側の代表ムハマド・アリ・ジンナーの話し合いの結果、イスラムは西パキスタン(現パキスタン)と東パキスタン(現バングラデシュ)の二か国での独立、そしてヒンドゥーはインドとしての独立を勝ち取った。もちろんインドは文字通りヒンドゥーの国(ヒンドゥー教はそのままインド教の意)なのだから仕方ないにしろ、ガンジス川河口に位置するバングラデシュは、雨季になると国土の2~3割が河と化す、またインド本土のバングラデシュ国境に近い地域はベンガル州であり、どちらもベンガル人の国、であるのだが、大切な物産であったジュートの産地、そして商都として名高いカルカッタ(現コルカタ)はインド本土側に線引きされたのである。前回・前々回で報告したロヒンギャの悲劇も、この様な不平等が遠因であったと云えないだろうか?

 そして私が個人として触れ合ったスリランカやバングラデシュのイスラム教徒たちは、如何にも素朴で真摯に生きる人達であった。若かりし頃、偶然にもスリランカ東部の村の、小さなモスクを管理するハジ(イスラム指導者)や村の幹部たちの自宅に2~3週間居候させていただき、様々な人と触れ合えたのは、30数年を経た今も貴重な財産だと思う。なのでこれは私の大きな贔屓目であって、またどの宗教に属する者であっても暴力を肯定することはもちろんできない、と付け加えておく。

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